たあもさんへ捧げます〜。





そこは 現実と幻想が交差するばしょ
夢現の熱情が イキ場を求めて彷徨っている。













…ふ、と意識が浮上する感覚に囚われて、気が付けば、此処に立っていた。

きょろりと辺りを見渡せば、ひたひたと忍び寄ってくる精神的に感じる恐怖感や、ひどく明
るいのに何故か重苦しい空気。まるで抽象絵画の世界の様な、シュールな空間。
あの独特な世界をリアルにしたらこんな感じだろうかと思いながら歩き出し、メリーゴーラン
ドの様な夢現の楽園に何処か心奪われながらも、浮かれる気になれないのは偏に息をした
だけで孕みそうな、この濃密で艶やかな空気の所為だろうか。

恐ろしいほど静謐さに溢れているのに、何処までもリアルな感覚。
肌を通り越して神経を直接なで上げ、心に突き刺さり、頭の芯がクラクラして、甘い媚薬の
様に、ザラリとした感触を残しながら舌の上でゆるやかに溶けていく。




そんな纏わりつくような空気の中。
うっすらと笑みを湛えて真っ直ぐに立つ、不思議な存在に出会った。




「お」
「?…ぅ、わっ」
至近距離で聞こえた声に反応して思わず視線を上げると、目と鼻の先に誰かが立って居る事
に気付き、慌てて一歩後ずさってから顔を上げれば。


何処からか伸びているのだろうか、植物の蔓が幾重にも絡みついた姿が印象的な、その姿。
次いで飛び込んでくるのは、目にも鮮やかな深緑色の服に揃いの色の帽子、緋色の外套。
服装自体のつくりは軍服っぽいけれど印象は中華系と言う、けれど彼と言う存在には酷く似
合っている装いに身を包んだ青年が一人。



―…人、だよね?



最初は、余りにも自然にこの世界に溶け込んでいるから、精巧緻密に創り出された人形かと
おもったのだが、よくよく目を凝らしてみれば、作り物めいた繊細で整った顔立ちこそして
いるけれど、髪の艶や瞳の輝きはどう見ても生きている人間のソレ―ただし、顔の色はお世
辞にも良いとは言いがたいほど、まるで死人のソレの様な白さではあったが。




けれど、月明かりにうかびあがるシルエットが酷く綺麗で、髪の毛の先から彩られた爪の先
まで、ハッとするほど美しい。




「此処に来たってことは」
「?」
彼は、思わず凝視してしまった自分の視線に気付くと、一歩を踏み出して此方に近づき、凡
そ無遠慮な態度でじろじろと全身を眺めた後、先程抱いた麗しい印象の全てが台無しになっ
てしまうような性格の悪そうな笑みを浮かべると、少しばかりあいていた距離を詰める様に
大きく一歩を踏み出して、此方を見下ろすようにして手を伸ばしてきた。

「‘男’に餓えてるんだろ」
「…はあ?」
反射的にその手をよけながら言われた言葉に思わず反応をすれば、彼はますます面白そうに
笑ってみせて、初対面にしては随分と失礼極まりない態度に思わずムッとしながら眉を顰め
て彼を見つめると、そんな視線などまるで意にも介さぬ様に酷く自信ありげな視線で以って
返される。





俺様至上主義―そんな言葉が脳裏を掠めていったのは断じて偏見ではない…と、思う。





「俺様に大金貢ぐんなら、その餓えを満たしてやってもいいぜ?」
「……金で買える擬似恋愛に興味ないから謹んで遠慮しておく」
「なーんだ、つまんね」
「キミの退屈を紛らわせてやる義務なんてないから。義理も今のところは皆無だし」
ポンポンと出てくる軽口や、無意識なのだろうかホスト紛いの仕草や色っぽい流し目は、こ
の空気に相俟ってなんとも艶やかで仕方がなく、けれども、似合いすぎて何だか妙に胡散臭
く感じてしまうのは自分だけなのだろうとも。

そう―彼の様なとんでも美青年であれば、それすらも美徳に成り得て、一時の快楽を求める
女達が我先にと、その寵愛を射止めるべく群がる様はいとも容易く脳裏に描くことが出来て。
でも何故だろう。
その中心に居るはずの存在は、その言葉ほど笑っていないような気もした。

「冷てーなー」
「そんじょそこらの尻軽女に思われるくらいなら、冷たくて結構」
けれど、今こうして顔を突き合わせている彼が自分に見せる顔は、水面下がどうであれ、自
分的には遠巻きに眺めるだけで済ませたいタイプに違いない故、適当に流すように言葉をつ
むいだ後、さっさと彼に背を向けて歩き出した。







此処は、何処なのだろう―。







薄い霧に包まれているかのような、それでいて、まるでセピア色をした昔の記憶を見つめて
いるような奇妙な既視感に、まるで睦言の様な木々のざわめきと、生温かい風の感触。
道を照らしている月明かりが存外明るいことに気付いて思わず空を見上げれば、萌えるよう
に色鮮やかな緑色の葉と深い宵闇の空のコントラストが酷く生々しい現実感を齎した。



本当のものなど何一つない?
それとも、夢だからこそ許される虚像の産物?



「シュールだなあ…」
「あ?」
「キミじゃないよ」
歩くたびに景色はどんどん変わり、月明かりの照らす鬱蒼と茂っていた森の中の一本道を
突き進んでいたはずが、何時の間にやら建物の中へと足を踏み入れていて。
古めかしい洋館の長いながい回廊をひたすらに突き進めば、仮面を被った人形達が重苦し
い影を引きずりながら其処彼処に佇み、聞こえてくる微かな声らしき音、紫色のランプの
光が不透明色のガラスに揺らめく。



刻一刻と世界そのものが変わっているのか、
それとも一歩歩く度に見える物が違うと言うだけなのか。



「此処が目的地か?」
「…いや。適当に歩いてただけ」
行けども行けども終着点の見えない道に息を吐き出して立ち止まれば、分かりやすすぎる
ぞんざいな態度と、つっけんどんな物言いにいい加減諦めてどこぞへかと去るかと思われ
たのに、先程と変わらぬ飄々とした表情のままの彼が其処にいて。

再び自分の傍らに立って同じ方向に視線を向けている様を見上げれば、つい先程までの自
分の態度を思い返してしまいこの微妙な距離感ですら酷く居心地が悪くて仕方がなかった。

「…何時までも此処にいないで、キミは君の望む所に行ったらどうだい?」
「今の俺様、超暇人なんだよなー。残念」
笑っているのに、笑っていない。
そんな雰囲気を纏わせている彼の傍らは、直ぐ真横に存在があるというのに、とても高く
て分厚くて、途方もない壁を隔てているように感じるからだろうか。

けれど、彼にとっては自分が気にしている事すらどうでも良いのかもしれない。

そう感じた瞬間、傍らにいる存在が人のカタチをした人ではない存在の様だと、本人を目
の前にして何とも失礼極まりない事を真剣に考えてしまい、けれど、この不思議な空間に
溶け込んでしまえば、人であろうと無かろうと結局は変わらないのかもしれないと。
そう思ったら不思議と、自分までもが人を超えてしまった錯覚を抱いて苦笑してしまう。



視界に映り、流れていく紙一重の現実。
けれど、其処にあるのは何処までもリアルな感覚と。



「で」
「…何をいきなり」
「さっきの返事」
ゆらゆらと、揺らめく灯火の明かり。そんな光源に晒された彼の横顔は、やけに艶かし
い印象すら与えて、性別を越えた色気、ってこういう感じを言うのかなあ…だなんて。

「…退屈凌ぎに付き合うつもりはない」
「俺様の美貌に靡かないなんてなー…案外見る目ないんだな」
そして、そんな自分の魅力を熟知したかのように艶然として視線を此方に投げかける姿
に流された様に、ほんの少しだけなら退屈凌ぎも悪くないかもしれない―そう瞬間に思う。
けれど、夢で誰かに抱かれ、現実で幻を追うのも滑稽な話だと、頭を振って否定をすれ
ば、彼は至極つまらなさそうに肩をすくめて見せた。





仕草や表情は人のソレ。なのに、受ける印象は人外の。
それでも良いかと思えるのは偏にこの空気の所為?それとも、彼自身の存在感?





「なんだよ?」
「感触、あるねえ。思ってたよりも硬い」
「…めちゃくちゃ失礼だな、アンタ」
「失礼なのはお互い様だろ」
何となしに手を伸ばして、色鮮やかな布越しに存在するであろう肉体の感触を確かめる
べく肩の辺りをつついてみれば、しなやかで中性的な外見と違って、存外確りした男性
特有の固い感触が指先に伝わってきたことに驚けば―今までの自分の失礼極まりない態
度は何処吹く風、多少は気分を害したらしく、先程までの陽気な口調がガラリと変わっ
て、聊か低い声で呟かれるが、お互い様、とばかりに彼女の口調も淀みなく、ずばりと
容赦ない言葉を返して。

「此処はどういう場所?」
「あー…なんだろうな?」
自分が此処にいると言う事実もそうだが、可視と不可視が混然一体となった、この空間
の存在意義を求める事は、無意味にも等しい答えしかないのだろうと、頭の片隅で感じ
てはいても、こう言った事に首を突っ込みたがる己の性ゆえ、単刀直入に尋ねてみれば、
返ってきたのは、案の定の的を得ない言葉だけ。

けれど、次いで『住人なのに知らないの』と尋ねれば、彼は不意にその秀麗な顔から表
情の一切をかき消して『住人なんかじゃねえよ、こんな』と小さく呟く。








濃密な空気に溶け込みながら、己の魅力を熟知したかのような振る舞い。
けれど、その陰に潜むのは何処か冷めた感情を秘め、不意に浮かび上がる深淵の真実。

………見たままが答えであり、それ以外には何も持たない。存在意義など尋ねるな。
全てはあるがまま、流れるまま。ただ唯一己だけが、その全てを決定できる唯一の言葉。








無表情のまま黙っている彼を見つめ、世界を見つめて数十秒が過ぎて。
そうして得た答えは、やはり、自分が見て、感じた、その通りでしかなく、故に、嗚呼
なんて純粋なのだろう…と。
何処までも大らかで、何処までも狭窄で、そして必要以上の情報を与える事をしない。
ただ、あるがままの姿を見せ、其処からどう受け取るかはあくまで自分次第。



ふと思う。
此処は確かに‘彼の世界’なのだろう、と。



「それすらもキミの心…か。なるほど、余程頑丈な心の壁に護られている、と言うべきか」
「…なんだよ、ソレ」
「いや、独り言」
ただ、その深淵はもっともっと奥底で、真実は誰の目にもつかない様に深い、ふかい場
所で誰を待つ事もなくひっそりと存在し、何処か冷めた目で世界を見つめ続け、それ故
に表層に現れるのは、そんな本質とは正反対の、享楽主義者的な側面。
無論ソレすらも彼の一面であり、深淵も表層も全てが‘彼’を構成していると言うだけ。

人の心根の何と難しいこと。
特に彼の心は筋金入りの鉄壁を誇っているようで、その門戸が硬く閉ざされている様ま
でも、見ずともくっきりと思い描く事が出来る。
故に、彼の内に踏み込めるものなど、そう多くはないのだろう。


それならば、何故、自分は彼に出会えたのだろうか―?


「…キミ、誰?」
「なんだよ、夢の存在に名前を問うのか?」
出会った当初は尋ねる気などサラサラなかった筈なのに、気が付けば口にしてしまって
いた言葉に自分自身で驚いていると、返ってきた声は然程気分を害した様子もなく。
ただ『無粋だな』と言外に言われた気がしたが、場の雰囲気を考えるならば確かに無粋
さは否めなかった為にゴメンと小さく謝って。
けれど。

「いや。こうやって出会えたのも何かの縁かな、と」
「…ホンット、変なヤツだなー」
「うん、自分でもソレは思っていた事だから否定は出来ないかな」
「いや、寧ろ其処は否定しとけよ!」
何か一つくらい、出会えた事の記念として残るものがあったら良いなと思ったと素直に
零せば、彼は大きく目を見開いた後に苦笑を浮かべると、不意に表情を消し、瞳を伏せて。


「ま…良いか。たまには」
そう呟くように聞こえて、彼の身体がスッと動いたかと思った瞬間。





「  」
はたと気付いた時には背後から掻き抱くように、その美しい手が此方に向かって伸ばさ
れて、視界も覆われて。
あっという間に絡め取られたかのような錯覚に陥ると共に、耳元で、甘い媚薬の様な声
が一言だけ、その生温かい吐息に混じって零された。

忘れるなよ
言葉の一つ一つが耳に届くたびに、ゾクリと駆け上がる快感の様な感覚に思わず腰から
ガクン、と力が抜け落ちるが、ソレすらも許さない、絶対に逃がさないとばかりに腰に
廻された手によって、ぐい、と身体を力任せに引きずり上げられ、そして再び、耳元に
吐息が落とされて。

「―…っ」
冷たいような、温かいような。
不思議な感覚のする目元を覆った彼の掌の感触だけが、まるで自分の全てであるかの様
な錯覚すら覚えて、思わず呟かれた名を掠れた声で口にすれば、覆われた視界の向こう
で、彼が声もなくひっそりと笑った気がした。

















きっとそれは、夜毎に表情を変え、見る者を魅了して止まない‘月’の名だ―。


















「…?」
どんよりと曇っている所為か、薄暗い光源が目に飛び込んできたことに多少驚きながら、
ゆっくりと頭を持ち上げれば、寝ると言う行為にしては随分無茶な体勢で長時間居た為
だろうか、首と肩に鈍い痛みが走った事に思わず顔を顰めつつ。
ふるりと頭を振って、現状の把握に意識を集中すれば、何の事はない、物の数秒で記憶
を引き出す事が出来た。



そう―分厚い本を枕に、書きかけの物語を子守唄にして、机に突っ伏した状態で何時の
間にやら眠ってしまっていたらしい。



意識がなくなる直前までは確かに手に握っていたはずの羽ペンは、何時の間にやら手を
離れて机に転がっており、その代わりに掌の中に何かを確りと握り締めている事に気付
いて、パッと勢いよく手を広げれば、カツンと言う硬質な音と共に机の上に落ちてきた
のは、小さなピンク色の硝子玉。

「…?」
コロリと手元に転がった非現実の名残を思わずつまんでみると、自分の体温の所為なの
か、はたまたコレを握らせた誰かの温もりなのかは分からないが、仄かに温かく、そし
て冷たい不思議なその感覚に、不意に夢か現実かさえも定かではない不思議な空間で出
会った青年の姿が、脳裏に鮮明に思い起こされる。






ふわりと翻る色鮮やかな外套と着衣のコントラスト、伸ばした手の指先までもが美しい。
思い起こそうとすればするほどに、色鮮やかに蘇る姿。





「キミの一時の気まぐれでも…楽しかったよ、確かに」
夢か、現か。…それはそんなに重要なことか。あの出来事が現実であったのかそうでな
いのか、けれども、それはきっと些細な事なのだ。

大切なのは、彼と言う存在と出会った事。
あの空間の中、彼が確かな存在感を持って其処に佇み、自分と言葉を交わしたと言う事。

確かに、自分と言う存在の時間の中ではまどろみと言う名の夢だった。
けれども、あの空間の中で流れた風、踏みしめた大地の感触、木々のざわめき。
感じた全て、すべてを、この身体が何一つ忘れずに覚えている。




しんじるのなら、ありえないものなど、なにひとつない。



「…ま、悪くない。キミの―現実と紙一重の御伽の世界も」
そう呟いてパタリと分厚い本を閉じて立ち上がり、ふと視線を向けた窓の外。


















―刺激的な擬似恋愛が欲しくない?おねぃさん。…ま、俺様はそーとー高いけどな。



















木々のざわめきの合間に、ひらりと舞う蝶の姿が、あの不思議な青年の笑みを髣髴とさせた。
















狂おしいほどにしくて

 それでも拒んでしまうのは。


醜悪で
リアルな感情だけが其処に息づく全てであり、それらを抱えて飛び込んだ世界は、ひどく生温かかった。


















*Pink〜奇妙な夢〜 をモチーフに。
壁とか溝とかはとにかく高くて深くて途方もない感じのする人だけど、本質はとにかくストレートで、意外と感情は表に出ない感じなのかなあ、なんて。
擬態ってわけじゃあないんだろうけど、常の表情とのギャップがたまりません。(じゅるり)
ふと真顔になったときの彼の頭の中が非っ常に気になるトコ。
エロオヤジ的な思考、だけど意外と純情な19歳。三枚目に見せかけた二枚目な美味しい人。
シェイアンさんが双子のお兄さん、ラムさんがおばあちゃん。


↑…と、こんな製作過程でのメモ書きまでつけなくても(汗)

そんなこんなで、ユタ君と誰かのお話でした。
この‘誰か’には裏設定として名前があったりしますが、まあ…それは言わぬが華と言う事で。
一応、歴史上の人物から取った名前で、その人物に通じる、それらしい描写もポロッと書いてみたりしました。
ので、どんな人物かは其処から想像していただければー。
(でも、一応普通に考えたんじゃ出てこないような所から取ったのですけども。えー…ばらしたほうが良いですかね?/苦笑)

ちなみに、書き始めた当初は

「キミって裸エプロンとか好きそうだねー」
「お。すげーな、アタリ」
「……(当たっちゃったよ…エロオヤジ思考だからカマかけただけなのに)」
「やっぱオトコの浪漫だよなー。フローラが俺的理想な感じだけど」
「……さいですか(フローラ?さん、って、誰だよ…)」

みたいな会話していたのに、何時の間にやらこんなシリアス?路線に…。


とにかく歌の雰囲気と‘ユタ’と言う不思議な青年の存在を、一つの物語で出来る限りリアルに描けたらいいなあ…と思ったので
歌やイラストから色んなエッセンスを集めて、散りばめてみたのですが如何でしょうか。
てゆか、本当にちょっとした小噺(SS)…のつもりが、気付けば連載用のお話一本上げるのと同じくらいになっていて、書いてた本人がビックリしてます。

気合を入れすぎて時間はかなりかかりましたが、本当に書いていて凄く楽しかったです。
そして、もし宜しければ、また書かせていただけると嬉しいなあ、と思っています。


たあもさん、今回は執筆許可を本当に有難うございました!



  2007.08.26   桜理




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